こんにちは、水中写真家の上出俊作です。
今日は連載「写真集出版までの道のり」の第4回。
来年2027年に出版社から写真集『HIDAMARI(仮)』を出せることになったので、出版までのあれこれを発信していこうというシリーズです。
第3回では、写真を撮るうえでコンセプトは必要なのか、作品制作を始める前からコンセプトが決まっていた方がいいのかという話を書きました。
第4回では、写真集のページ構成、つまり「どうやって写真を選んで、どうやって並べるのか」について深掘りしていきます。
現段階では、細かいレイアウトやデザインまでは進めていないので、あくまで「どうやってレイアウト案を作ったか」という話です。
写真集を作りたい方がどれくらいいるのかわかりませんが、そんな方の役に立てたらいいなという思いで書いてみます。
■100万枚から500枚へ
2027年に出版される写真集『HIDAMARI(仮)』は、言うまでもなく陽だまりシリーズの一環であり、そのコンセプトは「小さな生き物たちが主役の、青のない海の世界」です。
「写真集出版までの道のり② -商業出版が決まるまで-」で書きましたが、今回の写真集は、そんな陽だまりシリーズの完全版として出版されます。
ですので、僕が写真家として活動し始めた2017年から2026年現在までの10年分の作品の中から掲載カットを選ぶわけです。
さて、僕は10年間でどれくらい水中マクロ写真を撮ってきたのでしょうか?
10万枚ということはないでしょう。50万枚でもちょっと少ないか。
100万枚だとちょっと多すぎるような気もしますが、わかりやすいように100万枚としましょう。
そんな中から写真集掲載用のカットを選ぶなんて大変そう!
と思うかもしれませんが、そこまで大変でもありません。
RAWデータ自体は、確かに100万点くらいあると思います。
でも、その中でRAW現像しているのは、ほんのわずかです。
僕は本当に気に入ったカットしかRAW現像しないので、現像してJPEGとして保管されているのは全RAWデータのうちの1/1000とか、それくらいだと思います。
なので、10年間で100万枚撮っていたとしたら、現像したのは1000枚くらい。
1000枚と言っても、今見たら「イマイチだな」と思うカットも多いわけで、実際に検討の余地があるのは500枚くらい。
というわけで、500枚の中から選び始めたようなイメージですかね。
そう考えると、そんなに大変ではなさそうです。
■「いい写真」でも、写真集には入れない
今は2026年10月ですが、この写真集企画は2025年12月には動き始めていました。
パソコンの中のフォルダを見返してみると、2025年12月の段階で、候補写真として約200点を選んでいます。
この段階では、それほど深いことは考えずに、「陽だまり完全版ならこれも入れたいな~」くらいで選んでいたような気がします(すでに記憶が曖昧)。
写真集の仕様はまだ完全には決まっていませんが、今のところ112ページで作ることを想定しています。
2022年に刊行した『陽だまり』も112ページで、掲載点数は94点でした。
なので、今回も想定している掲載点数は90点くらいです。
つまり、約200点の候補写真の中から、半分以上は落とすことになります。
僕の感覚では、ここからの方が難しいというか、大変です。
だって、この200点は全員、100万点の中から選ばれた精鋭たちですから。
ここからの工程が大切であり、丁寧に進める必要があります。
(他の方は全く違う工程で掲載カットを選んでいるのかもしれませんが。)
具体的に、どんなことを考えながら作品を選んでいった(落としていった)のか、振り返りながら整理してみます。
一つ明確な判断基準としてあったのは、「生き物が持つ魅力を、損なうことなく写真に乗せられているか」です。
写真集のコンセプトは「小さな生き物たちが主役の、青のない海の世界」ですが、「青がない」ことは目的ではなく手段です。
目的は「目の前の生き物の魅力を損なうことなく写真に乗せる」ことです。
なので、「そもそもの目的が達成できているのだろうか?」という疑問の余地が残る作品は落としました。
では、「生き物の魅力を写真に乗せられていない」とはどういうことなのか。
僕にも当然、承認欲求というのか、「凄いと思われたい」という気持ちがあります。
そういう気持ちは、撮影時にもセレクト時にも、俯瞰して見ようとしないとムクムクと出てきてしまいます。
陽だまりシリーズの主役は、海の中で暮らす小さな生き物たちです。僕ではありません。
「俺、こんな写真も撮れるよ?」という臭いを感じた作品は、できるだけ落としました。
つまり、生き物を主役にしているふりをしながら、自分が主役になっている作品です。
200点まで残っているわけですし、別に生き物の魅力が全然乗っていないわけではないのですが、自分の技とか頑張りを見せびらかすような作品は、ちょっとそぐわないような気がして。
あとは、全体のバランスの中で落としたものもあります。
「○○ハゼが3回も出てくる必要ないか」とか、「背景が白い写真が多すぎるな」とか。
他にも、「この時は生き物にストレスをかけすぎたかもな」という理由で外したものもあります。
■物語のない写真集を、どう編むか
そうこうしているうちに、130点まで絞れました。
ちなみに、そのうち2022年刊行の『陽だまり』収録作品は15点含まれていました。
最終的にどうなるかはわかりませんが、おそらく全体の10%くらいが再収録になるでしょう。
ここまでの作業は、僕一人で、パソコン上で行っています。
なので、ある程度の客観性は意識しつつも、僕の独りよがりとも言えます。
もしかしたら、他の写真家さんはもっと早いタイミングで編集者さんやデザイナーさんに入ってもらうのかもしれません。
あくまで、僕は今回こうしてみた、というだけです。
自分の中でできるだけ純度を高めたかった、と言えば美しく聞こえるでしょうか。
さて今回の写真集制作では、出版社Sの編集者Kさんとは別に、編集協力でもうお一人メンバーに入ってもらっています。
2022年の『陽だまり』、2025年の『The Whales Are Coming』で編集を担当してくれた、編集者Yさんです。
今のところ、全体の進行や予算をKさんに取りまとめてもらって、内容については僕とYさんで詰める、という座組になっています。
というわけで、仮のレイアウトを作ってもらうために、僕が選んだ130点をひとまずYさんにデータで投げました。
とりあえずたたき台を作ってもらって、なんとなく本としてのイメージを共有して、そこからこねくり回そうという作戦です。
例えば2025年に刊行した写真集『The Whales Are Coming』は、明確なストーリーがありました。
自分とクジラの心の距離がどう変化していったか、という軸で写真を並べていたのです(このストーリーもYさんと考えた)。
しかし今回は、そういう明確なストーリーがありません。
コンセプトははっきりしてるけど、全てをつなぐような物語はない。
それでいいのだろうか?それで写真を並べられるのだろうか?見ている人が飽きないだろうか?
と色々考えましたが、今のところは「まあそれはそれでいいか」と思っています。
ストーリーが大事。ナラティブの時代。と言われて久しいですが、無理に後づけするのもなあと。
というわけで、何のストーリーもない中でYさんには仮でレイアウトを組んでもらったのですが、ちゃんと本としてまとめてくれるから凄い。
本当は皆さんにお見せしたいくらいですが、ネタバレすぎるのでやめておきます。
■130枚のプリントを並べて、こねくり回す
写真家の先輩たちが、よくおっしゃることがあります。
「パソコン上だけで終わらせるな。必ずプリントして実際に並べなさい。」
これ、最初は僕自身ピンときていなかったのですが、今では「絶対必要」と言えます。
これなしで写真集を作るとか怖すぎます。
実際にプリントを並べてみて、初めて見えてくる気づきがたくさんあります。
というわけで、候補作品の130点をプリントして、東京の会議室を借りてYさんと作戦会議をしました。
Yさんに作ってもらったレイアウト案の初稿を出発点にして、
「このカットはなくてもいいか」
「これとこれを見開きで見せたら面白そう」
「ここを入れ替えたらつながりが生まれるんじゃないか」
みたいなことを何時間もやるわけですが、これが本当に楽しい。
パソコン上だけでは思いつかなかったようなアイデアがたくさん浮かんできます。
もしかしたら写真集制作で一番楽しい時間なのかもしれません。
楽しすぎて結局何時間あっても足りないのですが。
■レイアウト用のプリントを、そのまま色見本に
ちなみに、このレイアウト作戦会議用に用意するプリントは、簡易的なものでもいいと思います(キタムラのネットプリントとか)。
ですが実は今回、ちゃんとした(と言ったらおかしいですが)プリントを用意しました。
いつもお世話になっているアフロアトリエさんで、キヤノンの紙・キヤノンのプリンターで、2Lサイズでプリント作品として作ってもらいました。
予算も手間もそれなりにかかってはしまいましたが、これはやって良かったと思っています。
まず、プリントが綺麗で自分の思い通りの色がほぼ出ているので、並べた時に気持ちいいです。
「あ~やっぱ俺の写真いいな~」と思えることは、写真集作りへのモチベーションという意味でも大事なことです。
プリント自体の質がいい方が、レイアウトのイメージも正確に持ちやすいと思います。
もう一つは、この2Lのプリントが、色校正の際にそのまま色見本として使える、ということ。
僕は2度の自費出版の写真集制作を通して、「正確な色見本を校正刷りまで(もっと言うと校正用のデータ作りまで)に用意しておくことがどれだけ大切か」ということを学びました。
色見本というのは、印刷ではなくプリントで作ります(インクジェットでも銀塩でもOK)。
家にCanonやEPSONの写真用プリンタがあればそれで作ってもいいですが、僕は家にプリンタがないので、写真展用でも販売用でも色見本用でもプリントは全てラボで作っています。
(僕がお世話になっているラボはアフロアトリエさんと銀座クリエイトさんです。)
写真集は基本的にCMYKの4色インクで印刷されるわけですが、細かい話は置いておいて、なかなか思い通りの色が出ないという話はよく聞くところだと思います。
(CMYKでも作家が思う色を再現できるのが美術系印刷会社の矜持だとも思いますが。)
色が再現できるできないの話は確かにありますが、僕がそれよりも大切だと思っているのは、「そもそものゴールとする色を写真家と印刷所が共有できているか」です。
ここが共有できてないと、ずっとすれ違い続けます。
例えば僕が、「ちょっと緑がかっていて深い青」と言ったとしましょう。
あなたはきっと、その青を想像できるはずです。
でも、あなたが想像しているその青は、僕が想像している青と全く一緒ではありません。
便宜上色は言葉で表現できることになっていますが、実際にはそれぞれ違うイメージとして受け取るし、グラデーションがあります。
つまり、色を言葉だけで正確に擦り合わせることができません。
パソコンのモニターもそれぞれ違うので、「写真のデータを送るからこの色に合わせて」ということもできません。
(印刷所にノートパソコンを持っていってその画面を見せて「この色にして」と言うことはできなくはない。やったことないけど。)
そこを擦り合わせるために、物質としての色見本があるのです。
色校正のタイミングで、色見本についてはまた触れることにしましょう。
ここで伝えたかったのは、「どうせ後から色見本が必要になるんだから早めに用意してレイアウト作りにも生かしちゃおう」というのが今回の作戦で、今のところ良かったと思ってる、という話でした。
■112ページのレイアウト案が完成。でも、まだ始まったばかり
実際にプリントを並べてレイアウトを練って、それをまたパソコン上でデータに落としてもらって、という作業を経て、ひとまず112ページ分のレイアウト案ができました。
明確なストーリーがあるわけではありませんが、なんというのでしょう、言葉にできないようなストーリーは生まれたように感じています。
少なくとも、見開きの2カットの関係性や、前後のつながりなどは、色々考えて意味を与えました。
あとは、それを見た方々がどう受け取るかですかね。
そもそも写真というのは言語でとらえきれないものを掬い取るためのメディウムとも言えます。
その意味では、自分の作品を全て言葉で説明することなどできないのでしょう。
さて、こうしてようやくレイアウト「案」ができたわけですが、言ってしまえばまだスタートを切っただけです。
日々新しい作品を撮っていますし、ここからいくらでも入れ替えの余地はあります。
入稿ギリギリまで、少しでも純度を高めるためにあがきます。
次回は何を書けるかわかりませんが、また何か進展があればこちらで報告させていただきますね。
表紙周りとか、装丁のことが書けたらいいかな。
今日もここまで長い文章を読んでくださりありがとうございました。
少しでも参考になれば嬉しいです!
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